病気だということを知って以来、将来の不安に日々苦悩しているが、結局、いくら考えても答えは最悪だ。
一方で私以上に苦しんでいる方々の中には、何事も前向きに捉え明るく振舞っている。
では、私もマネをしてそのように振舞えば楽になるのだろうか?

自分の性格上、単に前向きに、明るくしても、そのような無理がいずれ負荷となり、自分を追い詰めることになると考えている。
俗的な言い方をすれば、私の場合安心材料がなければ前向きな思考はできないのだ。

そこで、大きな不安要素をまとめ、その解決策を探ることに考えをシフトしていきたい。

そもそも私が悩んでいる大きな不安というのは
・働けなくなった場合、どうやって家族を養っていくのか
・働けなくなった場合、住宅ローンをどうするか
・自分の尊厳を保ちたい

簡単にまとめるとこの3つだ。
いつも悩んで行き詰るのは、「働けなくなった場合」というところだ。
働けなくなった場合は当たり前だが、たとえ1級の障害年金を受給できたとしてもそれだけで家族を養って生活していくことは不可能だ。

そうだ。この部分だ。
今極論を考えても、不安を煽る答えしか出ないのだ。
ここに前向きな思考を入れていくべきだ。
今はまだ働ける。不自由だが身体も動く。

もしも、もしも今の状態で手帳や年金という社会的な救済を得ながら働き続けることができるのならば、将来の備えにつながるし、働き続ける意味合いも変わってくる・・
たとえ歩けなくなったとしても、車椅子で働き続ける、あるいは在宅勤務が可能であれば「働けなくなった場合」という極論を排除できる。
つまり、働く+障害者福祉制度を生活保障の幹として考え、そこに加入中の生命保険や状況次第では妻がパートに出るなどプラスαを検討する。
ここに活路を見出せるはずだ。

このように考えると、いくらか肩の荷が下りる感じがする。

これは当たり前で特別な閃きでもない、ごく普通の考えなのだろう。
でも私はこんな単純なことを漠然とわかっていても真剣に考えていなかった。それは中途半端に動ける故、障害者であることを受け入れたくなかったからだ。それが自分を苦しめ追い詰めている。

まだ記憶に新しい、
コンビニで出会った若い兄ちゃんには感謝したい。彼の立ち振る舞いが私の考え方を少しずつ変えている。。。
自分の尊厳を保つことは己の心の持ち様で変わるし、立ち振る舞いも自ずと身についていき、いずれそれは力になるはずだ。

病状は確実に進行している。
まずは自分が障害者だということを全面的に受けれなければ始まらない。
会社には堂々と正直に打ち明け、協力してもらわなければならない。
もちろんただぶら下がるわけではない。
今までそうしてきた様に、健常者に負けないくらい良い仕事する自信はある。

これより、障害者が受けられる支援や制度について、そして障害者として働きながら家族を養う術について真剣に研究していきたい。
将来の不安に備える一助になることを信じて。