前回の続き

普段は仲の悪い営業と製造。
それもそのはず。
営業が苦労して受注を取ってきても、製造は不良率を理由に納期調整として営業に投げ返す。
クレームや納期調整でお客に怒られる営業。
営業が生産性や良品率向上を要求してもなかなか成果を出せない製造。

決して製造部門が怠けているわけではないのだが。


双方からお互いの愚痴をこぼされることは日常茶飯事。

そんな彼らが、買い替えたばかりの設備を未償却のまま新型機に入れ替えるがため、意気投合。

分厚い稟議書が私の所属する管理部門へ持ち込まれる。

営業・製造現場連合 VS 管理部門

現場連合は、多額の資金がかかっても労働力5人分の余裕が生まれるため、人手不足の部署に人員を割り当てられる、さらにキャパシティにも余裕ができるためより多くの受注も可能となるから、
将来会社にとって必ず有益になる、とし

管理部門は、多額の資金をかけて失敗したらどうする、現有設備の償却が終ってから検討した方が会社にとって有益、としている。

どちらも、「会社のために!」という大義名分を背負っている。

結論を出せないまま膠着状態。

一体、どちらが正しいのか?

否。

このような場合、正しく意思決定するためにはどのように考えていけば良いのか?


●管理会計の考え方が判断基準

管理会計で用いる2つの費用概念を理解しなくてはならない。
ひとつは埋没費用、もうひとつは機会費用だ。

埋没費用にはいろいろなものがあるが、なかでも例外なく埋没費用といえるのが、過去の事実に基づく費用、つまりすでに使ってしまった費用だ。

意思決定とは、常に未来に対してのみ意味を持つ。
過去に発生した費用は、これから取りうるいかなる選択肢によっても絶対に変えられない。

そうした費用は考えてもしょうがないのだ。

埋没費用は「費用」とは言うが、とくに投資に関する意思決定の際は「キャッシュアウト=現金支払い」すなわち、キャッシュの外部流出と考えるべきだ。

なぜなら、経営において重要なのは、会計処理方法でいくらでも変わりうる「費用」ではなく、あくまでも「キャッシュ=現金」だからだ。

当社で揉めているケースでいえば、一昨年の設備投資にかかったウン千万円は埋没費用といえる。
現有設備を使い続けても、新規設備に買い替えても、どちらにしろ取り消すことのできない過去の事実だからだ。

したがって、意思決定においては考慮してはいけない。

考えるべきは、新規設備取得にかかるキャッシュアウトと、それによって今後期待される経済効果を天秤にかけることだけだ。

そして、もうひとつの重要な費用概念は、機会費用だ。
これは、「選択した場合に得られたであろう利益」のことで、これこそ、意思決定に大きく影響してくる。

意思決定とは複数の選択肢の中からいずれかを選ぶことだから、当然、選ばなかった選択肢があることになる。仮にそちらを選んでいれば、得られたはずの利益が機会費用ということになる。
取り損ねた利益なので、他の選択肢から見れば「費用」となる。

現場側が期待する経済効果は継続性もあり、とても有益だ。さらに新規受注も可能になれば、より大きな利益につながる。
管理部門側から見たら、これこそ大きな機会費用となる。

意思決定に際しては、常に機会費用を念頭に置き、比較検討して最終決定を下すべきだ。

ただし、「埋没費用だから考えなくていい」とは一概には言い切れない。
償却費の増加や除去損の発生は節税につながり、キャッシュ的にはむしろプラスに働く。

今回のケースでは、今期中に現有設備の除却損を計上できれば、大きな節税を期待できる。


こう考えると、現場側の機会費用 VS 管理側の埋没費用 という構図が見えてきた。

そして同時に、現場側が非常に有利だということもわかってくる。

管理部門側の立場で双方にこれらの説明を丁寧に行い、現場側の要望に対して建設的な意見を向ければ、管理部門も納得し早期に決着がつくはず。

この時点ではまだ楽観的に考えていた。


つづく